戸田山『恐怖の哲学』などを読んで

広い意味のホラー小説・映画は、狭い意味のホラーとスプラッターに分けられます。狭い意味のホラーが恐怖を催させる(生起させる)のに対して、スプラッターは内臓が噴出するシーンなどがあって不快感を催させるので、スプラッターはホラーに含まれないという人もいます。恐怖は驚きとも何らかの関係があると考えられています。

どのような仕組みで恐怖や不快を催すかというと、心の中に怖いものや気持ち悪いもののリストがあり、リストの中にあるものに対して恐怖や不快を催すと考えられます。(「怖いものリスト」のたとえは戸田山和久(2016)『恐怖の哲学』p.35による。)怖いものリストには、原始的な怖いものと、恐怖体験時にそれ自体恐怖を催さない音、光、場所(文脈)を関連づけて学習し怖いものリストに加えられたものとがあると、考えられます。(この仕組みを恐怖の情動に伴う行動も含めて、恐怖条件づけとか、より一般的に古典的条件づけといいます。)怖いものリストは逆に削られることもあります。
原始的な怖いものが何なのかについては、死ぬことの脅威や死ななくてもゾンビ化するなどして自分が他人など他の何かになる「自己同一性喪失」の脅威だとする説(戸田山p.242)や、予想外のものや音に出くわしたり予想外にバランスを崩したときに驚き恐怖を催すとする「知覚的矛盾」説(Hebb1972, 鹿取ほか2011)があります。
「怖いものリスト」のたとえのもうひとつのよいところは恐怖の対象の明確さを言い表せているところです。例えば、バレンタインのチョコをもらった出来事がうれしいことや猫が死んだ出来事が悲しいことはあっても、喜びや悲しみは恐怖ほど明確な対象を持ちません。(戸田山p.31)

ホラー好きの間ではホラーをその設定(シチュエーションとか登場する怖いもの)によって名前を付けて分類することが行われています。ホラーで設定といえば真っ先に思い浮かぶのは密室ですが、Douglas Winter「今日の作家たち」ジャック・サリヴァン編(原著1986)『幻想文学大辞典』を参考に用語をあげると、雰囲気ホラー(例えば山荘ホラーとかは密室的な要素がある雰囲気ホラー)、スーパーナチュラルホラー、サイコホラー(例えば頭のおかしい隣人の登場するホラーとか)、切り裂き魔(スラッシャー)、チャイルドホラー、SF的な要素のあるホラー(テクノホラー)が挙げられます。

 

こうしたホラー用語を整理して理解し、感想を書くときに的確に使うには、すでに述べた理論だけでは不十分です。そこで、怖いものリストに怖いものを追加する仕組みに関する説として(微妙な気がしなくもないですが、、、)、恐怖体験からの逃避を目的とする目的手段推論の理論を紹介します(戸田山p230以下)。目的手段推論とは、心の中にある、目的とする状態の情報(欲求表象)と置かれている状況に関する情報(信念表象)とを組み合わせて、目的にかなった行動を生み出すシステムのことです。
これを応用すると、密室のシチュエーションは、逃げられないという目的手段推論を働かせ、いま居る密室を怖いものリストに追加させるからすぐれた設定だということができます(戸田山p236)。また、意図が分からない殺人者は、殺人者から逃げるときに殺人者の心の動きを手掛かりにすることができないから、怖いものリストに追加されやすいすぐれた設定だと考えられます(戸田山p241)。ホラー映画に関する小中理論の一部にも応用してみると、幽霊が視点人物にならずかつ喋らない設定は、幽霊の心の動きの推測に人の心の動きに関する考えを使えず、逃げることが難しいすぐれた設定だと考えられます。

その他の参考文献
鹿取ほか編 2011『心理学 第4版』東京大学出版会 鹿取広人・金城辰夫「7章動機づけ・情動」p.217-220
小中千昭2014『恐怖の作法: ホラー映画の技術』河出書房新社