ユーモアに関する理論の整理

興味本位でいろいろ読んだので、独断と偏見に満ちた自分の視点で先行研究を整理してみました。(安部達雄(2006)は特におもしろかったのでリンクを貼ります)
https://dspace.wul.waseda.ac.jp/dspace/bitstream/2065/27619/1/061.pdf

ユーモア(おかしみ)とその表出である笑い声や笑顔の関係について、ユーモアの主観的な評定とその表出である笑いを指標化したものの間には相関関係があるが弱い相関しかみられない。*1 ここでは、笑いが生じるに至らなくても、ユーモアが生じている場合があるという立場をとる。
ユーモアの生起、量の規定因としては、不調和と交感神経の覚醒水準などがあると考えられる。
交感神経の覚醒水準について、上昇させるエピネフリン、下降させるクロルプロマジン、偽薬を投与した群にコメディ映画を見せ、評定値や笑いの量が大きいものから、覚醒水準高群、統制群、低群の順だったという研究がある。*2 また、ユーモア刺激じたいに覚醒水準を高める働きがあると考えられている。*3
不調和をユーモアの規定因と考える理論は不調和理論(Incongruity Theory)*4と呼ばれる。筆者は、命題表象(哲学用語でいえば信念)を構成概念として導入することを支持する説を前提としたうえで更に、不調和を、真であると予測*5された又は言われた命題(先行の命題にかかわる発話をフリ、後行の命題にかかわる発話をボケという)間の矛盾*6と考え、ユーモアの生起条件であるのみならず、不調和の度合い(ツッコミによる不調和の強調*7や、命題が真であることに対する確信度合いが規定因)がユーモアの量の規定因になっていると考える。
・なんでもしますから(なんでもするとは言ってない) :言われた命題どうしの矛盾
・「この授業に登録している薬学部生にはすべてに無条件で単位を与えます。」(授業に登録した薬学部生がいるとは言ってない)*8:存在措定(extential presupposition)という予測が働いた例。存在措定とは、「全てのxについて「xがJであるならばそのxはPである」」という条件文があったとき、「Jであるxが存在する」という隠れた前提を補ってしまうこと。
・A「『アーティスト』って面白いのかな。」、B「犬が出ている映画にはずれはないよ。」、A「『アーティスト』って犬出てたっけ?」、B「犬が出てるのは別の映画ね。」*9:「犬が出ている映画にはずれは~」が隣接ペアの第二部分であるという予測との矛盾によってより面白い。または、隣接ペアの予測が外れたことと、照応関係「「犬が出ている映画」は『アーティスト』だ」と「~は別の映画だ」の矛盾があり、命題間の矛盾が2組あるので面白い。
・この文は「この文」より長い*10:言葉の意味について、ある語がそのものを参照する言及の意味(e.g.「「雪」は1文字」の「雪」)ではなくある語が指し示すものを参照する使用の意味(e.g.「雪は白い」の「雪」)であるという予測がデフォルトで働くことで「二つ目の「この文」は使用の意味である」は真であると予測され、この命題が、真である命題「二つ目の「この文」は言及の意味である」と規則「ある言葉の意味が言及の意味であればその言葉の意味は使用の意味ではない」から導かれる命題「二つ目の「この文」は使用の意味ではない」と矛盾して、面白い。同じタイプの例「すごくつらい.co.jp」
・常識的、文脈的に確認しなくてもいいことを確認するボケ:グライスの会話の格率のうち量の格率に違反するボケ*11
・ドッキリの笑い:「自分が知っていることを他人も知っていると思っ てしまう傾向」である知識の呪縛を、命題表象や命題が真であることの確信度合いを構成概念として導入するこの記事の理論にあわせて「自分が知っていることは他人も知っているという予測がデフォルトで働く」と考える。
・早朝バズーカ*12:早朝とバズーカという語の字義通りの意味からは矛盾はみられないが、双方の語のスキーマが活性化されたことで真であると予測された命題間に矛盾が生じる。
ルネ・マグリットの絵や錯視のような、線状性のない視覚的ユーモア:線状性はユーモアの生起条件ではないと考えられる。
ほかに、笑い待ちや誘い笑いによるユーモアの増加、ユーモア刺激が与えられることを予測させるプライム刺激を与えるとユーモアが減少することが経験的に知られている。

*1:Gavanski, Igor(1986). Differential sensitivity of humor ratings and mirth responses to cognitive and affective components of the humor response. Journal of Personality and Social Psychology, Vol 51(1), 209-214

*2:Schachter S, Wheeler L. (1962) Epinephrine, Chlorpromazine, and Amusement. Journal of Abnormal Social Psychology.;65:121-8.

*3:野村 亮太,丸野 俊一(2008)「 ユーモア生成理論の展望--動的理解精緻化理論の提案」心理学評論 51巻4号 p.508 による先行研究のレビュー参照

*4:類似の有力説として不調和解消理論がある。

*5:ヒューリスティックな推論に関する認知心理学の概説書等の記述を参照

*6:Hurley et al. (2011) Inside Jokes の第7章によれば、ワーキングメモリ内の活性化された信念どうしの矛盾

*7:安部達雄(2006) 「漫才における「フリ」「ボケ」「ツッコミ」のダイナミズム」早稲田大学大学院文学研究科紀要. 第3分冊

*8:戸田山和久(2000)『論理学をつくる』p157,8、p155,6も参照

*9:三木那由他(2012)「グライスにおける語用論的プロセス」 哲学論叢p96,7を改変

*10:Sumallyan(2013,訳2014)『スマリヤンゲーデル・パズル』p95

*11:安部達雄(2014)「 サンキュータツオのお笑い文体論 POISON GIRL BAND研究09 第一期長いツッコミ期(1)」 水道橋博士のメルマ旬報(48)。田川拓海(2017)「ラーメンズ言語学(2):「熱が出ちゃって」「どこから?」述語と項のお話 - 思索の海」も量の格率違反のタイプと考えられる。

*12:TBSラジオたまむすび2014.4.4放送」テリー伊藤発言http://miyearnzzlabo.com/archives/18283参照