類似性にもとづく共感覚表現

共感覚表現には一定の方向性があることが知られている*1。また、近年では、視覚を鮮明さ、明度、色相に分けた理論が提案されている*2
共感覚表現には類似性にもとづくものと近接性にもとづくものがある。
この記事では、類似性にもとづく共感覚表現の方向性について検討する。
・視覚的な鮮明さから嗅覚、味覚、聴覚への転用(ぼんやりした香り、くすんだ味、透明感のある声)
・味覚から聴覚への転用(甘い音色、ジューシーな歪み)
・触覚から視覚的な明度への転用(柔らかな光、ねっとりした暗闇)
・温度感覚から色相への転用(暖色)
・視覚的な鮮明さ・味覚以外にも他のすべての感覚から聴覚への転用が可能だが、類似性の判断には歌詞の内容などの影響が顕著にみられる*3

*1:Williams1976

*2:貞光2006

*3:色相から聴覚への転用について、仲村ほか2011。

戸田山『恐怖の哲学』などを読んで

広い意味のホラー小説・映画は、狭い意味のホラーとスプラッターに分けられます。狭い意味のホラーが恐怖を催させる(生起させる)のに対して、スプラッターは内臓が噴出するシーンなどがあって不快感を催させるので、スプラッターはホラーに含まれないという人もいます。恐怖は驚きとも何らかの関係があると考えられています。

どのような仕組みで恐怖や不快を催すかというと、心の中に怖いものや気持ち悪いもののリストがあり、リストの中にあるものに対して恐怖や不快を催すと考えられます。(「怖いものリスト」のたとえは戸田山和久(2016)『恐怖の哲学』p.35による。)怖いものリストには、原始的な怖いものと、恐怖体験時にそれ自体恐怖を催さない音、光、場所(文脈)を関連づけて学習し怖いものリストに加えられたものとがあると、考えられます。(この仕組みを恐怖の情動に伴う行動も含めて、恐怖条件づけとか、より一般的に古典的条件づけといいます。)怖いものリストは逆に削られることもあります。
原始的な怖いものが何なのかについては、死ぬことの脅威や死ななくてもゾンビ化するなどして自分が他人など他の何かになる「自己同一性喪失」の脅威だとする説(戸田山p.242)や、予想外のものや音に出くわしたり予想外にバランスを崩したときに驚き恐怖を催すとする「知覚的矛盾」説(Hebb1972, 鹿取ほか2011)があります。
「怖いものリスト」のたとえのもうひとつのよいところは恐怖の対象の明確さを言い表せているところです。例えば、バレンタインのチョコをもらった出来事がうれしいことや猫が死んだ出来事が悲しいことはあっても、喜びや悲しみは恐怖ほど明確な対象を持ちません。(戸田山p.31)

ホラー好きの間ではホラーをその設定(シチュエーションとか登場する怖いもの)によって名前を付けて分類することが行われています。ホラーで設定といえば真っ先に思い浮かぶのは密室ですが、Douglas Winter「今日の作家たち」ジャック・サリヴァン編(原著1986)『幻想文学大辞典』を参考に用語をあげると、雰囲気ホラー(例えば山荘ホラーとかは密室的な要素がある雰囲気ホラー)、スーパーナチュラルホラー、サイコホラー(例えば頭のおかしい隣人の登場するホラーとか)、切り裂き魔(スラッシャー)、チャイルドホラー、SF的な要素のあるホラー(テクノホラー)が挙げられます。

 

こうしたホラー用語を整理して理解し、感想を書くときに的確に使うには、すでに述べた理論だけでは不十分です。そこで、怖いものリストに怖いものを追加する仕組みに関する説として(微妙な気がしなくもないですが、、、)、恐怖体験からの逃避を目的とする目的手段推論の理論を紹介します(戸田山p230以下)。目的手段推論とは、心の中にある、目的とする状態の情報(欲求表象)と置かれている状況に関する情報(信念表象)とを組み合わせて、目的にかなった行動を生み出すシステムのことです。
これを応用すると、密室のシチュエーションは、逃げられないという目的手段推論を働かせ、いま居る密室を怖いものリストに追加させるからすぐれた設定だということができます(戸田山p236)。また、意図が分からない殺人者は、殺人者から逃げるときに殺人者の心の動きを手掛かりにすることができないから、怖いものリストに追加されやすいすぐれた設定だと考えられます(戸田山p241)。ホラー映画に関する小中理論の一部にも応用してみると、幽霊が視点人物にならずかつ喋らない設定は、幽霊の心の動きの推測に人の心の動きに関する考えを使えず、逃げることが難しいすぐれた設定だと考えられます。

その他の参考文献
鹿取ほか編 2011『心理学 第4版』東京大学出版会 鹿取広人・金城辰夫「7章動機づけ・情動」p.217-220
小中千昭2014『恐怖の作法: ホラー映画の技術』河出書房新社

文章の独白っぽさの規定因

文章の文体によって独白っぽさが感じられることがあることが経験的に知られている。
その規定因として以下のものが考えられる。
・テンスの意味が現在又は未来(非過去)の時を表わす(タ形と対立する)基本形の多用*1
・強調したいところと文章の区切りで行間を空けたり改行する。ケータイ小説風の行間の空け方や改行のしかたが代表的。*2
・無待遇な表現を用い、終助詞「よ」「ね」の使用を避ける。*3
・終助詞のかわりに三点リーダや「。。。」を用いたり*4、体言止めを用いる。
残された課題として、これらの規定因がどの程度独白っぽさに影響を与えるかを明らかにすること、これらが独白っぽさの規定因であることを説明したり独白っぽさにどの程度の影響があるかを予測する理論を提案することがあげられる。
独白っぽさの強い小説に、竹宮ゆゆこ、ヴァージニアウルフの小説、太宰治「女生徒」、一部のケータイ小説などがある。

*1:工藤真由美1995『アスペクト・テンス体系とテクスト』参照

*2:ケータイ小説風の一例を示すものとして、http://s.maho.jp/book/72d53dj7d523b20c/5358929008/

*3:滝浦真人2014「話し言葉と書き言葉の語用論」『話し言葉と書き言葉の接点』ひつじ書房 に依拠すれば理論的には、こういった表現は発話の受け手を意識した共在マーカーであり、独白っぽさを弱くするからだと考えられる

*4:野田春美2014「疑似独話と読み手意識」『話し言葉と書き言葉の接点』

ユーモアに関する理論の整理

興味本位でいろいろ読んだので、独断と偏見に満ちた自分の視点で先行研究を整理してみました。(安部達雄(2006)は特におもしろかったのでリンクを貼ります)
https://dspace.wul.waseda.ac.jp/dspace/bitstream/2065/27619/1/061.pdf

ユーモア(おかしみ)とその表出である笑い声や笑顔の関係について、ユーモアの主観的な評定とその表出である笑いを指標化したものの間には相関関係があるが弱い相関しかみられない。*1 ここでは、笑いが生じるに至らなくても、ユーモアが生じている場合があるという立場をとる。
ユーモアの生起、量の規定因としては、不調和と交感神経の覚醒水準などがあると考えられる。
交感神経の覚醒水準について、上昇させるエピネフリン、下降させるクロルプロマジン、偽薬を投与した群にコメディ映画を見せ、評定値や笑いの量が大きいものから、覚醒水準高群、統制群、低群の順だったという研究がある。*2 また、ユーモア刺激じたいに覚醒水準を高める働きがあると考えられている。*3
不調和をユーモアの規定因と考える理論は不調和理論(Incongruity Theory)*4と呼ばれる。筆者は、命題表象(哲学用語でいえば信念)を構成概念として導入することを支持する説を前提としたうえで更に、不調和を、真であると予測*5された又は言われた命題(先行の命題にかかわる発話をフリ、後行の命題にかかわる発話をボケという)間の矛盾*6と考え、ユーモアの生起条件であるのみならず、不調和の度合い(ツッコミによる不調和の強調*7や、命題が真であることに対する確信度合いが規定因)がユーモアの量の規定因になっていると考える。
・なんでもしますから(なんでもするとは言ってない) :言われた命題どうしの矛盾
・「この授業に登録している薬学部生にはすべてに無条件で単位を与えます。」(授業に登録した薬学部生がいるとは言ってない)*8:存在措定(extential presupposition)という予測が働いた例。存在措定とは、「全てのxについて「xがJであるならばそのxはPである」」という条件文があったとき、「Jであるxが存在する」という隠れた前提を補ってしまうこと。
・A「『アーティスト』って面白いのかな。」、B「犬が出ている映画にはずれはないよ。」、A「『アーティスト』って犬出てたっけ?」、B「犬が出てるのは別の映画ね。」*9:「犬が出ている映画にはずれは~」が隣接ペアの第二部分であるという予測との矛盾によってより面白い。または、隣接ペアの予測が外れたことと、照応関係「「犬が出ている映画」は『アーティスト』だ」と「~は別の映画だ」の矛盾があり、命題間の矛盾が2組あるので面白い。
・この文は「この文」より長い*10:言葉の意味について、ある語がそのものを参照する言及の意味(e.g.「「雪」は1文字」の「雪」)ではなくある語が指し示すものを参照する使用の意味(e.g.「雪は白い」の「雪」)であるという予測がデフォルトで働くことで「二つ目の「この文」は使用の意味である」は真であると予測され、この命題が、真である命題「二つ目の「この文」は言及の意味である」と規則「ある言葉の意味が言及の意味であればその言葉の意味は使用の意味ではない」から導かれる命題「二つ目の「この文」は使用の意味ではない」と矛盾して、面白い。同じタイプの例「すごくつらい.co.jp」
・常識的、文脈的に確認しなくてもいいことを確認するボケ:グライスの会話の格率のうち量の格率に違反するボケ*11
・ドッキリの笑い:「自分が知っていることを他人も知っていると思っ てしまう傾向」である知識の呪縛を、命題表象や命題が真であることの確信度合いを構成概念として導入するこの記事の理論にあわせて「自分が知っていることは他人も知っているという予測がデフォルトで働く」と考える。
・早朝バズーカ*12:早朝とバズーカという語の字義通りの意味からは矛盾はみられないが、双方の語のスキーマが活性化されたことで真であると予測された命題間に矛盾が生じる。
ルネ・マグリットの絵や錯視のような、線状性のない視覚的ユーモア:線状性はユーモアの生起条件ではないと考えられる。
ほかに、笑い待ちや誘い笑いによるユーモアの増加、ユーモア刺激が与えられることを予測させるプライム刺激を与えるとユーモアが減少することが経験的に知られている。

*1:Gavanski, Igor(1986). Differential sensitivity of humor ratings and mirth responses to cognitive and affective components of the humor response. Journal of Personality and Social Psychology, Vol 51(1), 209-214

*2:Schachter S, Wheeler L. (1962) Epinephrine, Chlorpromazine, and Amusement. Journal of Abnormal Social Psychology.;65:121-8.

*3:野村 亮太,丸野 俊一(2008)「 ユーモア生成理論の展望--動的理解精緻化理論の提案」心理学評論 51巻4号 p.508 による先行研究のレビュー参照

*4:類似の有力説として不調和解消理論がある。

*5:ヒューリスティックな推論に関する認知心理学の概説書等の記述を参照

*6:Hurley et al. (2011) Inside Jokes の第7章によれば、ワーキングメモリ内の活性化された信念どうしの矛盾

*7:安部達雄(2006) 「漫才における「フリ」「ボケ」「ツッコミ」のダイナミズム」早稲田大学大学院文学研究科紀要. 第3分冊

*8:戸田山和久(2000)『論理学をつくる』p157,8、p155,6も参照

*9:三木那由他(2012)「グライスにおける語用論的プロセス」 哲学論叢p96,7を改変

*10:Sumallyan(2013,訳2014)『スマリヤンゲーデル・パズル』p95

*11:安部達雄(2014)「 サンキュータツオのお笑い文体論 POISON GIRL BAND研究09 第一期長いツッコミ期(1)」 水道橋博士のメルマ旬報(48)。田川拓海(2017)「ラーメンズ言語学(2):「熱が出ちゃって」「どこから?」述語と項のお話 - 思索の海」も量の格率違反のタイプと考えられる。

*12:TBSラジオたまむすび2014.4.4放送」テリー伊藤発言http://miyearnzzlabo.com/archives/18283参照